2012年2月4日土曜日

吉男君への手紙

前略 吉男君

吉男君、元気ですか?こちらは南の国から診断君です。日本は随分寒いみたいですが、相変わらず小難しい各種専門書と格闘されているのでしょうか? かれこれ、20年近くも南の国におりますので、診断君の肌細胞は限界まで緩み、最早日本のあの厳しい冬の寒さには耐えられないでしょう。

目が覚めると、とにかく布団の中からいかにして出ないでいられるかを考えた学生時代。電気代を滞納していたので容赦なく冷たい朝に電気を止めた東京電力、そして仕方がないので、お湯を沸かして風呂を浴びようと、ひねってもこれもまた滞納で早々に供給がとめられていた東京ガスの蛮行。まずいまずい、流石に追加の仕送りをたのまなくっちゃと、受話器をとるも、血も涙もないNTTはどの公共料金よりも早く、診断くんを、滞納者として断罪しており、残るは、多摩市水道局、一抹の人情....洗顔と歯磨きだけは、当局も、この無法者の滞納者に許してくれた次第。きたない身体を、これも着古しのダサいジャンパーに身を包み、50m離れた公衆電話から、あなたに電話し、命辛々追加の仕送り、分かったと一言、ところがそれから1週間も何の音沙汰も無く、大学のサークル棟でこれも極貧の友人を探し、強引に寸借を繰り返し、なんとか冬の寒さを凌いだ、というのが、日本の冬の私のトラウマとなり、気がつけばこうして南国に移民している理由がそれとは、あなたもあまり分かっていないに違いない。しかし、親のすねかじりであったことは事実。東京電力と東京ガスとNTTは恨んでも、このことであなたを恨みますまい。

あなたを少しも怒っていませんが、あなたといると息苦しかったことも事実だ。あなたの実績なき学歴マニアのお陰で、小学校からお受験を味わった。高校で失敗して、若くして大きな挫折感も味わった。あなたが常に私に与えたプレッシャーは、私の人生を暗くしたが、それはあなたが、悪いのではない。私と、あなたは性格不一致だっただけである。合わないのに、親子であるから、結論のつけようがない。夫婦のほうが未だましであろう。

あなたは、学生時代、ハムという仇名であったらしいが、こちらは高校時代までは、人も振り返る紅顔ニヒルの、痩せぎすの身体に、少し歪んだ青春の苦悩でうつむき加減のかくれ美男子であったのに、大学で続けた不摂生に、気がつけば自分の姿を鏡で見たくないほどに太っちゃった。これも、あなたが、私にスポーツの苦しさしか教えなかったせいに、他ならない。あなたとのキャッチボールは苦痛以外の何物でもなかった。そして、あなたのような高校教職員は、家にいることが多く、一日中、家の真ん中のソファにどっかりと座り込み、何を分厚い本を読んでいるのかと思えば、大漢和辞典全12巻、本当にあなたが家にいると息がつまった。エコノミークラス症候群みたいな毎日でした。

さてだらだらと、こんな、手紙を書いているのは、もしかして、もしかしてであるが、あなたがすでに此の世にいないのではないか?という気がするからである。あの10年前の熟年離婚から、私は母味方になっていたし、弁護士手配したりして、離婚訴訟には完勝と思いきや、あなたは強かにも、都公務員の隠し退職金をもって秋田の田舎に、引っ込んでしまった。それから今日まで全くの音信不通。あなたの周辺にいる人も、よく分からないので、こうしてインターネットというものを使って、お父さん、生きてますか?とお尋ねする次第です。もし生きていれば、そのまま生きていて頂ければ結構であるが、お亡くなりになっているのであれば、息子として、人並みに、墓参りのひとつもさせてください。あるいは、もう、死んじゃってるよーの一言でもメールでもいいので入れてください。これが、我々に残された僅かな親子の、絆というものでしょう。

これは、和解とか、そういうものではなく、もっと事務的な確認作業にすぎないかも知れませんが、私が先にこれを行っているということは、私の方がまだ、あなたに比べ、人間の条件を持ち合わせている証ではないかと密かに思っているのです。

南国タイのヨウラクボクの木の下にて....吉克

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