2010年10月3日日曜日

@@@ 診断君深夜ラジオ 第8回 "地下鉄のサジ" 

診断君は大学時代映画のサークルに入っておりました。
このサークルは結構古いサークルで、先輩後輩関係も厳しく、
気がつけば大学の3年くらいまでまともに大学にいくことはなかった。

大体、アメリカ、ヨーロッパ、日本と映画の鑑賞班に分かれて、あの頃は
HI-FI VIDEOも普及して、少し裕福な部員の下宿に集まっては連続
何本もの映画をみては、語り合ったものでした。そして朝方まで映画を
みては、そのあと、先輩の車で、吉野家にいって朝から悪玉コレステロール
をたっぷりと摂取したものである。

映画を撮る班もあって、これは自分も在学中に2本映画を撮ったので
あるが、色々と限界を感じさせられたものである。先輩や後輩の
中にはしかし、夢を捨てず、今もNHKでドキュメンタリーをとったり、
CM製作会社にいらっしゃる方もいるのである。

映画は映画館で見ようというイデオロギーもあって、対立もありました
が、まあ自分は名画座も結構好きでした。

ルイマル、それは私を名画座に導いた監督の一人である。
そして彼の映画は、日本でも結構リメイクされているらしい。
ここで何故映画を見るときに、部屋を暗くするのかを考えてみた
いものである。
このDVDの時代、あまりそういうことはしないようにも見えるが。
真っ暗な部屋に、切り取られる映像、この映画は、映画の編集
というものを少しだけ齧った自分にとって、過去への郷愁をかき
立てられる映画である。伝説の子役カトリーヌドモンジョ。
イントロみたら、なんかとんでもなく可哀想な物語かと思うでしょ。

大量生産技術と少量生産技術

毎日の積み重ねは実に重要である。積み重ねは人生の糧である。
我慢は王貞治の手のひらのマメだ。
自分ひとりで完結する仕事をするのならよいが、会社を見るからには
自分の指先ひとつ、小さじいっぱいの影響力もまた考慮しなくては
ならない。
私企業において、誰も、商売はこうするべきだとか、こうあるべきだとか
いう拘束はないわけであって、かといって成功すればいいというだけでも
なく、何が重要かと言えば、ストーリーではないかと思われる。
ストーリーが描けない経営者は、結局何もかも行き当たりばったりに
なり、仕方なく、現場の掃除でもしてみんなのお手本になるか?なんて
結論に行き着く。パフォーマンスの効用は否定しないが、それがパフォー
マンスに過ぎないという認識なく仕事をしている人は、不幸である。
毎日会社にきて、さあ今日は何をしよっか?なんてのはちょット、まずい。
あらゆる保留起案が山ほど机に積んでいるくらいが望ましい。
>あえて限定させてもらいます。

こういうことを、部下から見抜かれてしまうと、最悪である。あの人は
自分の考えはありません・・・あの人は透過フィルターです。となって
しまう。学級委員長が大人の意向の代弁者として頭を撫でられるように。

今度こそ、浮き足たった行動は慎み、ロジックを重んじ、ストーリーを
描き、浪速節と蟹工船は控え目に頑張って欲しいものである。親の
目を窺う年でもないやろ。

なお、誰がしても同じように仕事ができる会社を作ることを目標にするか、
この人しか頼りになりませんという個々のSTAFFのオーソリティを
育てるか、ということも重要になる。私は後者を選ぶ。ありふれた表現
であるが、人間は標準規格ネジではない。生き物のアジがあるのだ。
この人しかできない仕事を本人が創造し、会社が尊重することが重要であると
考える。まずは母国語でのコミュニケーションを鍛えるべきであろう。